j-hope「Jack In The Box」考察と感想

Jack In The Box

Jack In The Box

  • j-hope
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥1222

リリースされました。祝!

以下に、私個人の感想や考察を書いていきます。

アルバム全体の流れ、ストーリーテリングに沿って書いているので、順に読んでいただけると嬉しいです(長いですが…)。

 

 

全体

リリース前から何度も「これまで表現したことのなかったものを見せたい」「違う自分を見せたい」と本人が話していたとおり、広く一般的にBTSのj-hopeと聞いて連想されるような既存のイメージを打ち破り、芸術的に進化した一人のアーティストとしての自我を見せつけた一作となっています。

ダンスを封印し、笑顔だけで終わらせない世界観。しかし、これまでもあったj-hopeとしてのアイデンティティは依然として強く存在していて、例えば彼の原点であるヒップホップサウンドを起用するとか、重いテーマをキッチュに歌い上げるとか、そういった特徴はより強固なものに磨かれています。

 

1曲1曲がどれも短いです。ホソクさん自身も何度か言っていましたが、ミニマリズム的です。『Hope World』でも「Base Line」や「Blue Side(Outro)」は3分未満でしたが、今回は全曲3分以下で統一されています。

今回はホソクさん自身の自我に焦点を当てて作られた作品なので、受け手が主軸を見失わないよう、衣装、曲、全てにおいて、過度に飾ることをやめて不要なものをそぎ落としたのでしょう。

 

それに今回は、フィーチャリング曲もありません。

「自分自身の話、物語を伝えたかったので、全てのトラックを自分の声のみで作りました」と話してもいて、さらりと言っているがそこからもうとんでもなく音楽におけるスキルを磨いて自信を持っていること、そして自我を表現することに注力したことがわかります。

以下のBillboardの記事でも、ホソクさんがBTSのメンバーすらゲストに迎えていないことに触れています。

The 10-track release is pure J-Hope, with no featured artists on it — as many other musicians my do — not even his BTS brothers. And there’s a reason for that, he shared. “All the tracks are filled with my voice only, because I wanted to convey my own narrative, my own story as an individual,” J-hope explained. “I thought that featured guests are not necessary in this album production, and I believed that filling all these songs with my own voice only would make this album very authentic.”

www.billboard.com

 

自我の表現に集中していることからもわかるように、過去の作品より深い部分まで自分事に落とし込んでいるため、深みと安定を感じます。

歌詞がより受け取りやすいものになっているのは、ホソクさんがラップやボーカルや作曲のみならず、作詞の腕まで上達させたことを示しているが、含まれている主張を本気で伝えたい、表現したいと強く思っていることも理由にあるでしょう。

 

しかしそれでも多くの方がきっと表現の幅の広がりに驚いたことでしょう…私もそうです。いや、この驚きは、BTSのアルバム『Proof』に収録されている「Run BTS」「For Youth」のホソクさんのパートでもすでに持っていたはずなんですが、その遙か上をいきました。

「What if...」のようなホソクさんの起源であるオールドスクールヒップホップ、「MORE」で突然見せたエモロック、…どんなジャンルの音楽だろうとお手のものです。

そしてラップだろうと「=(Equal Sign)」「Future」で聞けるようなボーカルだろうと「MORE」で魅せたシャウトだろうとエッジボイスだろうと、喉を自在に操って奏でてしまいます。

「Arson」では、歌詞を歌う声さえリズムを取る低音打楽器のように使っています。これまでも、例えばBTSの曲「Boy In Luv」などで効果音のように喉を鳴らして歌うことはありましたが、そんな自分の声の特性さえ熟知し、活用し尽くしているようです。

 

楽器的には、「What If....」や「Safety Zone」などでピアノのサウンドを使っているのには新鮮さを感じました。ホソクさんにピアノのイメージがあまりなかったので。

 

個人的に、タイトルの付け方もとても好きです(これは完全に好みの問題…^^)。内容の主旨を少し捻りつつ一言にまとめて簡潔に出す感じ。

 

カバーデザインは、ホソクさんがかねてより大きな愛とリスペクトを持っていたKAWSとのコラボレーション。アートとの交流もまた話題になりました。

bijutsutecho.com

 

この線のタッチと色使い、そして手に「X」が描いてあれば、すぐにKAWSのアートとわかります。そこに、自身のカバーアートでは初めて自分の写真を起用したホソクさんがいて、いくつかあるうちの一本に手を伸ばそうとしています。

VLIVEでは「ジェイホープの様々な選択の岐路に対する方向性についての部分を表現していて、この大きな手自体が、箱の中から(ホソクさんを)取り出すような感じもします」と話しています。

「選択」が今回のアルバムの主題であることがわかります。最後のトラックに「Arson」が選ばれたことにも繋がります。

 

『Hope World』では、海に飛び込んで沈んでいくような音からアルバムが始まりました。そこから私達はHope Worldというカラフルでポジティブな海へ、冒険へ出かけたわけです。「Hope World」のネモ船長に導かれて。

『Jack In The Box』では一転、ギリシア神話のある逸話の読み上げから始まります。

海、水に関連するものは変わらずホソクさんの世界ではポジティブに描かれますが、今作で待っているものは主に炎です。

 

Intro

朗読の声が女性と思われるものなのは、ギリシア神話に登場するパンドーラーが女性だからでしょうか。

ホソクさん本人がアルバムを紹介するプロモーション映像内では、「Intro」のアニメーション映像中、箱の中にあった希望が「小さくてまばゆく、パンドーラーがこれまで見たことないほど美しい」という小鳥で表現されています。

 

「dance」という単語だけでなく、希望の姿を小鳥にして「wings」という単語を使っている部分にも意図を感じます。

同名のBTSの楽曲には、ホソクさんも作詞作曲で携わっています。

やっと気づいたんだ
後悔しながら老いていくなんて嫌だって
決めたんだ
無条件に信じるって
今こそ勇気を出す時だろ
もう怖くなんてない
自分自身を信じてるから
昔の俺とは違うから
道の途中で泣いたり俯いたりしない
だってここは空で
俺は飛んでるんだから

www.youtube.com

 

Pandora’s box

このアルバムの中で異質な一曲ですが、そのはずです。

与えられた名のとおり自分の役目を全うして前進するのみ、という内容はとても『Hope World』的ですが、『Jack In The Box』の導入としては効力があります。それに、「Intro」とこれが冒頭にあることで、アルバムに敷かれているストーリーテリングの導入として機能しますし、初めてj-hopeさんの音楽に触れる大衆の方々もスッと入り込めるようになります。

 

歌詞中に『ベンジャミンバトン』の名前が出てきます。ホソクさんのフィクション引用、今回はここにもありました。

しかし「MORE」の『ファイト・クラブ』『セブン』オマージュといい、ホソクさんってもしかしてデヴィッド・フィンチャー監督作品のファンなのでしょうか(握手…;;)。

 

「この夢はゼウスが描いた唯一無二の大きな先行きなのか? 俺を呼び入れた主の好奇心」、パンドーラーがゼウスに託された箱を開けてしまったのは好奇心からです。

 

「誰かの希望 俺の行動は誰かの人生 俺の魂が磨かれて生まれるモットーとバイブ」は、「MORE」で歌っている「また誰かのfavorite song それが俺の人生の半分、理由、楽しみ」と同じ感情を感じます。

そして「この箱という井の中の蛙 大きな世界へジャンプ」の歌詞や、箱の外へ出ても希望の名を信じて進みたいという意思は、野望を抱えて外に出たいと叫ぶ次のトラック「MORE」へと繋がっていきます。

 

MORE

「MORE」は、MVの考察も含め別途書いていますので貼っておきます。

katomiko.hatenablog.com

VLIVEで「MORE」は最初にできた曲だと話していましたが、それを踏まえると、この曲がこのアルバムのこの位置にあることも納得がいきます。

ストーリーテリング的には時系列は必ずしも重要ではありませんが、「MORE」が「Pandora's Box」の次にあることによって、箱に残った希望が外に出ることを選択したあとどうなっていった(どうなっていく)のか、一連の流れを持って表現することができます。

 

STOP(세상에 나쁜 사람은 없다)

涙が出る曲ですね。私が普段感じていることを代弁されたようでした。

トラックリストが公開された当初、「世の中に悪い人はいない」の意味をてっきり楽観だと解釈していましたが、全く違いました。

この社会の清濁併せ呑んだ経験のある人の言う「それでもどうにか信じたい」、つまり世の中には良いことをする人も悪いことをする人もいるがそれでもいつか世界は変えられるよ、という人を信じる心(≒人の良いところを信じる心)でした。

 

『Hope World』に収録されている「P.O.P(Piece Of Peace)pt.1」と、話している根本はそんなに変わっていません。この一曲で大きな世界の変化を目論んでいるわけではなく、大衆に小さな気付き・認識を与えて、そのひとつひとつを集めて平和・和平をいつか達成できたらいいという祈りに似た願望。

ただ、「P.O.P」では視点がミクロだったんですよね。

歌詞中に出てくる具体的な呼びかけの対象は「夢を探すこと」「就活生」「就職先」…おそらく、BTSの音楽を聞くメインストリームと想定される層、つまり若者を念頭に置いていました。途中にあるように「過去の自分のような人達」に向かって主に語りかけ、「君たちに間違いはないからぶつかってみよう」「俺には俺ができることを」「平和のかけら」と。

 

今回の「STOP」はよりマクロになっています。「生活環境、教育、システム 俺と何が違う?」と、社会構造の話までしています。

これは少々画期的ですね。犯罪者が犯罪に走ったりする背景として、社会の構造や格差が見落とせないことを歌詞に盛り込んでいます(素晴らしいです)。


そして「マジで人の子なのかよ?」という軽蔑の心情まで歌詞にしています。ここではこの口汚い表現が絶対に必要です。

この歌詞を入れないと、ホソクさんがどれだけ世の中の悪い人に絶望して、どれだけの必死さを持ってサビで「ちょっと待てよ」「落ち着けって」「争うのをやめろよ」と繰り返しているのか伝わりません。

どんなに失望しても「世の中に悪い人はいない」というかすかな信頼を持って、「STOP」と言っています(完璧な曲名に脱帽です)。

 

「世界は変わるよ。世界に悪人はいないんだから。そうだろ?」と結んでいます。

主張にかなり深みを感じます。

「P.O.P.」と比較するとさらに、ああこの方は、「P.O.P」以降も箱の外で様々な経験をして人に絶望してご自身の頭で考えてこの信念にたどり着いたんだなと、歌詞の裏に実感と、懇願のようなものを感じます。

 

「人の本質は変わらない」というのも、ホソクさんがずっと言い続けていることですね。

どんなに絶望しても好転を期待し続けるというのは、忍耐が必要で非常に苦しいものです。「本質は変わらない」と思っているホソクさんなので、なおさらでしょう。

 

曲名の「世の中に悪い人はいない」は、以前VLIVEで紹介していたウォン・ジェフンの同名の短編集からインスパイアされたものでしょう。

一部を引用します。作中に収録の「僕が子どもを抱きしめたのではなく、 子どもが僕を抱きしめてくれたのだ」です。

 

> 世界が地獄のように感じられても、天使はいる。事実、最も天使を求められる場所も、地獄なのではないだろうか。事の大小にかかわらず、裁かれる人々の事情は絶望的でもあり、気の毒でもある。この世が地獄のように思える理由だ。(略)橋があっても、またはもしあったとしても行きたくない場所、それが地獄だ。しかし橋はどこにでもある。だからこの世は生きる価値があり、美しいところなのだ。

 

作中には他にも、他者との対話を通じて誤解や悪意を解いていく逸話が掲載されていたりします。

 

対話を通じて争いをやめさせようとしている、というのも肝だと思います。平和を願い、暴力を決して肯定しないホソクさんの主張です。

それに、「お前が変われ」「お前が俺と同じになれ」と投げつけているわけではなく、「Change our minds」と一緒に変わることを歌っています。

 

共存とは、アイデンティティをなくして統一になることではなく、それぞれの違いをそのままにリスペクトされ、抑圧や差別偏見を受けずに生きていくことです。

こうして次のトラック「=(Equal Sign)」に繋がっていきます。

 

=(Equal Sign)

軽快で洗練されたメロディライン。ホソクさんの美しいボーカルを堪能できる一曲です。

人々の多様性を尊重し、差別を否定し、平等を歌う曲です。

Grammyの記事でも「j-hopeは(自身の作中で)社会問題を取り上げることを恐れていない」と取り上げられていました。

j-hope Isn't Afraid To Take On Social Issues
On a standout track called "=(Equal Sign)," the message of equality is loud and clear. The song celebrates our differences and champions diversity, all while encouraging listeners to be aware of and fight against inequality. With lyrics like, "The world's so big/ But people's minds are narrow" and "Hate will paralyze your mind/ Gotta see the other side," the song makes a strong case for tolerance across age, gender, nationality, and anything else that sets us apart.

www.grammy.com


思い出すことは、ホソクさんのこれまでの様々な社会活動や発言です。

記憶に新しいところだと、Google Arts&CultureとBTSのコラボレーションでのホソクさんのコメントや、

ユニセフの親善大使として、いつでも子どもたちや若者の幸福を心から願ってきました。僕の支援によって、障がいを持つ子どもたちの支援に対する社会の関心がさらに広がることを願っています。」
「僕たちの「Love Myself」キャンペーンが若い世代にとって希望と安らぎの源となったことを嬉しく思いますし、世界中の子どもたちがこの絵の少年たちのように、子ども時代の喜びを経験できることを願っています。」

g.co

 

また、11Streetと韓国動物福祉協会により作成された、捨てられた猫をサポートするために1視聴ごとに11ウォンが寄付されるMVをIGのストーリーでシェアしたことや、


www.youtube.com

 

自身のインスタグラムにて、避妊具をモチーフにしたシャツを着用して写真を掲載したことなどでしょうか。

このシャツは、「PLEASURES」と「END.」が正しい避妊を奨励する趣旨で製作したもので、「END.」はホームページにて「安全で前向きで責任感のある性関係を支持する」と説明しています。

 
 
 
 
 
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これまでも数々の支援を積極的に行ってきたホソクさんですが、以前にも例えば、乳がん意識啓発のシャツを着た写真を投稿したり、マリーモンドのスマホケースを使ったり、BLMに声を上げるだけでなくそれを支持する人形を購入していたり、南アフリカの女性達の教育支援となるオブジェを飾っていたり、障がいのある方や子どもの支援になる服を購入したり、緑の傘子ども財団の1億ウォン以上の高額寄付者の会である「グリーンノーブルクラブ」の146番目のメンバーだったり、…精力的に動いています。

積極的に寄付などをするのはBTSメンバーに共通したこととしても、ホソクさんの行動を見ていると一貫して、差別や社会構造の格差に異を唱えているようです。

 

暴力を否定し暴力がある構図を嫌い、暴力が生まれ得る構図を拒否するホソクさん。

先ほど例に挙げた最近の三つの支援も、対象が子ども、動物、性暴力の被害者であり、社会的弱者や差別・暴力の被害者を支援し、加害側の認識を改めようとしようとする意思を感じます。

ホソクさんは差別問題を構造から具体的に理解して行動していると思います。

 

「必ずしも同じ必要はないのに、違うことがなぜ罪なのか」と言い「君と僕は同じ」と結ぶ歌詞。この曲のタイトルは「イコール」ですが、違いを潰して同じになることを言っているわけでは絶対にないんですよね。

先ほどの「STOP」でも触れた共存の世界を思い出します。「君も僕もみんな同じように尊重されるべき」「(そこにあるのは)差別ではなく差異であるべき」と言っているわけです。

 

推していてこんなに幸せな気持ちにしてくれるアーティストがいますか?!

…愛が暴走しそうになりますが。

 

VLIVEでのモチーフが地球儀だったのも良いですね。

「年齢を超えて 性別を超えて 国境を超えて」「全て尊重されるものたち」…この歌詞に救われる人がどれほどいるでしょう。自身の発信力やネームバリューをポジティブに使う姿勢には、尊敬しかありません。

 

そして、『Jack In The Box』の物語はここを境に流れが変わっていきます。

 

Music Box : Reflection

この位置にあることがかなり重要な曲です。

「=」からの流れがぐっと変わります。

本人もそう話していますし様々な記事にも取り上げられているように、このアルバムはこの曲を境に、広域で社会的なものから狭域で個人的な、よりパーソナルでよりホソクさんのアイデンティティに迫ったものになっていきます。

ここからreflection、内省に入り込んでいくわけです。

 

オルゴール調のメロディラインに本人の呼吸音が重なっているのが生々しく、ダブルタイトル曲「MORE」「Arson」でそれぞれ骨格と心臓を開示した、魂を込めて作ったというこのアルバムに一味加えるようなインストルメンタル

曲調が切なくも聞こえるのがまた重層的に魅力があります。

ホソクさんが「希望」の一つだけでは決して終わらない、様々な感情と意思がある、多面的で流動的な人間であることが伝わってきます。

 

What If...

ホソクさんとジェイホープさんの対話の曲と言っていいかもしれない。個人的に超~好きな曲です。

これまでもホソクさんは「チョン・ホソク」と「ジェイホープ」をわけて考えるやり方を見せてきましたが、ここまで自分と自分の対話を表現するのは初めてだと思います。

 

曲調はオールドスクールヒップホップで、すでにダンサーさんもこの曲で踊っておられます。サンプリングした楽曲は、Ol' Dirty Bastardの1995年の曲、「Shimmy Shimmy Ya」。

ホソクさんといえばやはりダンス。ヒップホップ。欠かせないものです。90年代のヒップホップソングを取り入れて再構築することによって、自分にとっての起源をそれまで築き上げてきた先輩方へのリスペクトを感じます。

When you hear the music, you’ll know, but that sound is my foundational base. The music I listened to when dancing [dances], the vibe that I had … that’s what I express in the music, and that’s what got included in Jack in the Box, going back to what I wanted to do, what I’m capable of, as my base. I think through that, it’s become more sincere, more J-Hope-esque, while visually, I’m able to show something very different. I think the album contains elements that are fun and engaging both visually and aurally. I think for fans, there are definitely elements that they’ll find very J-Hope-esque.

www.rollingstone.com

 

歌詞の語り手はホソクさんです。ジェイホープさんに向かって「お前は全てを持ってる」が「自分で言ったことを守れるのか」と問うています。

今の自分のように希望であり夢があり熱意がありビジョンがあり、成功していて金を持っていて家があり車を持っていて…今、恵まれた環境にいる。では、そうじゃなくても同じ事が言えるのか?という自問です。

 

しかも、これまでBTSとして成功してきた道のりを「綺麗な階段」とまで言っています。「STOP」で触れている環境の違いに、ここでも触れています。

過去においても自分は恵まれた環境でやってこられたのだと認め、自分に対してそこを詰めているのです。

 

自分の成功の要因には運もある、ということを冷静に受け止めています。今たまたま恵まれた立場にいることを見つめ直しています。

もし自分がそうでなかったら、つまり、(直接的な表現をするが)ニヒリズムに侵された貧困状態でも今のように自分を愛せるか?希望を持てるか?「I'm you're hope」なんて言って笑えるのか?「世の中に悪い人はいない」なんて言い切れるのか?

 

これは反語の意だろうと私は思います。

ただ、「I wish」と願っているホソクさんもいます。

 

リリースパーティでセレブやダンサー達から人気があった、良い反応をもらえたと言ってたのもこの曲でした。

「Shimmy Shimmy Ya」の影響もあることに加え、ここに共感するセレブがいたということもあり得るのではないでしょうか。

 

チームへの自負心を仲間達と世界を飛び回る成功像にして歌った「HANGSANG」を思うと、ホソクさんのこのあたりへの認識は2018年からだいぶ変わりましたね。

www.vlive.tv

 

BTSのチャプター1の締めくくりでもあったアルバム『Proof』のディスク2で、メンバーが選んだトラックとして、ホソクさんは「Her」を選曲しました。
「Her」は、BTSの楽曲の中でも特に直接的にホソクさんが自分(達)の二面性について書いている曲で、仮面をつけて生きる決意表明をしている歌詞でもあります。

「一番俺らしい式に自分を代入して 君のために出した解答をあげる」なんて歌詞もあり、「代入」もホソクさんの作詞によく見られる単語ですが、『Jack In The Box』では2曲目の「Pandora's Box」で「BTSの希望になる」文脈で「代入」が使われています。

「Her」のセレクトを、自我と選択を表現する『Jack In The Box』リリース直前にしたことの意味を考えてみると、この自分との対話の曲「What if...」のオブジェが仮面だったことにも納得がいきます(VLIVEでのオブジェのことです)。

 

希望に自分を代入し、仮面をつけて生きることを選択したのは、ホソクさん自身だったわけです。

「What if...」では、今や全てを持っている仮面の表に対して、仮面の裏から問いかけているのです。

 

そしてこの仮面、自分との対話は、次のトラック「Safety Zone」へと繋がっていきます。

しかし様子は変わっていき、ここ「What if...」での強めに自分自身に詰め寄っていた姿勢から、「Safety Zone」から「Future」「Arson」まで、自滅感や恐怖の感情も見受けられるようになっていきます。

 

Safety Zone

穏やかでムーディーで、ともすれば優しいようなメロディに聞こえるR&Bの一曲です。

バッグで伸びやかに歌うコーラスのJaicko Lawrence氏も、非常に綺麗で透き通った声をしていて素敵です。

 

しかし内容はそのようなものではありません。

この曲の歌詞を読んで、以前ホソクさんが共感したと話していたジャスティン・ビーバーとベニー・ブランコの「loney」を連想しました。ここのみでなく、「What if...」にも少し通ずる内容です。

Everybody knows my name now
誰もが俺の名前を知ってる
But something 'bout it still feels strange
でもなんだか妙だ
Like looking in the mirror
鏡を見るみたいに
Tryna steady yourself and 
自分自身を落ち着かせようとするけど
Seeing somebody else
自分じゃない誰かがこっちを見返してくるみたいだ

 

What if you had it all but nobody to call?
俺は全部を持ってるのになんで誰からも連絡がない?
Maybe then you'd know me
みんな俺のことを知ってるだろうね
'Cause I've had everything
俺は全てを持ってるから
But no one's listening
でも誰も聞いてくれないんだ
And that's just fucking lonely
クソみたいに孤独なんだって話を

www.youtube.com

www.billboard-japan.com

 

ファンにとって、ARMYにとっては、「Safety Zone」はきつい歌詞なのではないでしょうか。きっと彼のような立場の人のこういった状況に向き合いたくなかった人もいるのではないかと思います。

ファンなら推しの穏やかな生活を願ってしまいますから。

 

「最近は人より動物のほうが好きなんだよな」、さらっと言っていますがここ個人的に非常にきついです。

猫の動画をIGでシェアしていたホソクさんを思い出しますね。それに、「STOP」で「マジで人の子なのかよ?」と歌っていたのも思い出します。

 

ただ、この曲は「Blue Side(2021)」に通ずるものを感じます。

この孤独感や迷いは、私達も初めて聞く感情ではないはずです。

 

「暗闇の中の安堵の一筋の光はどこだろうか 穏やかな家?それとも遠い青かな?」

 

個人的な感想ですが、今までで最も衝撃だったホソクさんの歌詞は「지금 난 그저 파랗게 타서 죽고 싶다(今はただ青く燃え尽きて死にたい)」です。

カバーアートで『Jack In The Box』の伏線を張っていた「Blue Side(2021)」。

この「Safety Zone」中に出てくる「青」は、「Blue Side」で言っていた「青」と同じものでしょう。空想の中の過去、とでも言えるでしょうか。

燃える前の過去は、今のホソクさんにとって安全地帯になり得る場所なのかもしれません。

 

「でもこの道を選んだ瞬間 俺の安全地帯ってあるのかな?」…選択の話が具体的になってきました。かなり「Arson」のにおいがしてきます。「Arson」MVの冒頭で、「Let's burn」と歌い始めた途端に燃え始めた家の絵が思い出されます。

つまり、安全地帯はもうないと結論を出しているようなものです。

 

家、青の次にもしかしてと例に挙げられているのは「X」です。これの意味は何でしょうか。

死?(「ペケ」のx。消滅か、あるいは「Arson」で言う消火か)

キス?(メールなどの文末に加える「x」のキスマーク≒愛する誰か)

誰かとの関係性や繋がり?(人と人の対談などの表記である〇〇 x 〇〇)

または単純に未知ということでしょうか。

 

今回アルバムのカバーデザインでコラボレーションしたKAWSは、オリジナルや既存のキャラクターの目を「X」にしたイラストで有名な現代アーティストです。

KAWSが目に「X」を描く理由はどうやらはっきり明言されているわけではなさそうですが、受け手の解釈の一説として、「既存のキャラクターにKAWSの代名詞であるXを書き込むことで別のアイデンティティを生み出す」というものがあります。

また別のホソクさんを生み出すこと、という可能性もなくはないかもしれません。

 

これまでは肯定的な文脈で使われることの多かった「車」が、「交通整理のできていない車のように」「これではまるで空き缶のポルシェ」と、混乱していたり空虚なものとして書かれていることも意味深いです。

ホソクさんがここで言及しているゲームが何のことを指しているのかは分かりませんが、韓国の「KRAFTON」の子会社「PUBG Studios」が開発しているバトルロイヤルゲーム『PUBG: BATTLEGROUNDS』では、ゲーム内で安全地帯があり、移動手段のうちの一つに車があります。

はっきりここだと目視できる安全地帯に車で向かうことが、ゲーム内では可能です。

 

「Safety Zone」は、選択の岐路に今まさに立とうとしているホソクさんの状況を感じます。「Arson」の布石として完璧です。消火をすることを選べば、もしかしたらホソクさんの望む安全地帯が戻ってくるかもしれないのですから。

しかし、その間に次の「Future」を入れることで、ホソクさんは暗闇だけを抱えて選択の岐路に立とうとしているわけではないことを示しています。

 

Future

音楽表現の面だと、とても前向きで明るい印象を受けます。

子どもの合唱を入れていることが非常に印象的な一曲です。子どもへの支援を積極的に行っているホソクさんだからこそ説得力があります。

 

そして、この合唱や軽快な手拍子は、ゴスペル音楽にインスパイアされた「MAMA」を思い起こさせるものもあります。

ホソクさんが自分の夢のために動いてくれた母親に感謝と愛を伝える一曲です。

www.youtube.com

 

また、同じように子どもの歌声を使いつつ、「STOP」と似た主旨を歌っているマイケル・ジャクソンの「Heal the World」も思い出されます。

Then it feels that always
Love’s enough for us growing
So make a better world
To make a better world

www.youtube.com

 

歌詞は、未来は怖いものだが、これまで人(≒ARMY)に向かって伝えてきた「勇気、信頼、希望」が、ホソクさん自身にも必要だったのだと歌う内容です。

www.youtube.com

 

Future、未来は、ホソクさんにとって必ずしも明るくポジティブなイメージを持っているものではなさそうですが、自分という主体を持ちつつも流れるままに身を任せてみたらいいよと、自分自身を肯定して勇気づけ、慰める歌詞になっています。

 

「川を遡る鮭にはなれない」「流れるままにやるしかない」は、wevese magazineのインタビューでも話していました。

「流れるままに生きようということをよく思います。与えられたものがあれば、そこに合わせて楽しく生きていこうと努力するという感じですね。実は2020年、2021年に何かいろいろと変えてみようとしていました。パンデミックによって起きたいろいろな状況を。でもそれが自分の考えだけでは多くのことを変えられないとわかった時、今与えられたものに合わせて生きてみようと思ったんです。それでも自分自身でまた答えを見つけるでしょうから。それがストップを意味するわけではありませんから(笑)。」

magazine.weverse.io

 

ファンとしては、ホソクさんの「Future」が完全に「I'm my hope」になることを願っています。

どの道を選択することになったとしても。

 

さて…ついに「Arson」です。

何も考えずに聞いたらここで突然ホソクさんが真っ黒に豹変したように見える場合もあるかもしれませんが、決してそうではないということは、これまでの流れを踏まえれば自ずとわかるはずです。

 

Arson

こちらも、MVの考察も含め別途書いていますので貼っておきます。

MVがこの曲の内容を忠実に視覚化したものになっているので、これまでのトラックも念頭に置きつつ読んでいただけると嬉しいです。

katomiko.hatenablog.com

 

結び

今、私はこれまでホビペンをやってきた中で一番幸せだと感じています。

私はずっと待っていたんです。ホソクさんが自らに課した希望の名を破って、より深い自我を表現してくれることを、ずっとずっと待っていた!んです!

それに私は、過去の自分の選択に自負を持ってこれからの自分の選択に責任を持とうとするホソクさんの生き様を尊敬していました。笑顔の奥にいつもあった、大きな野心と情熱がずっと大好きでした。

だからこのアルバム『Jack In The Box』は、私にとって宝箱みたいなものです。

 

ホソクさんは仕事人で文字通り「プロ」ですが、同時にとても人間臭い方だと私は思います。

ホソクさんは多様性を体現したような人です。自身の音楽や行動で常にそれを示してくれています。

大きな野望と情熱を持っていて、しかしそれを理性で操縦し、誰も疎外することのないよう配慮を持って機転を利かせ、広い視野と俯瞰した視点で、世界と自分自身を見つめられる人です。

常に先人や後輩から知識や視点を吸収し、自分のものとして噛み砕いて自分だけの色に染めてしまうことができるのに、謙遜ではなく謙虚な姿勢でいつもいて、ただ自負心や自分を主軸に置くことを忘れない、素晴らしいアーティストです。

こんな方のソロ活動をリアルタイムで応援できるなんて、こんなに幸せなことはありません。

 

(余談ですが、VLIVEで、視聴者を「大衆」と呼んでARMYに限らない層も想定して話していたのがよかったです。ホソクさんの配慮と、自信を感じました。)

 

SNSでもだいぶ話題になった『Jack In The Box』のリリースパーティーは、意図されて企画された器用なプロモーションであったとともに、彼自身が率直なフィードバックを受ける成長のための布石でもあったわけです。

 

この夏に控える大きなステージ・ロラパルーザも、彼にとっては自分の限界に挑むための挑戦の機会を作り、また自分の音楽についてARMY以外からもフィードバックを受けるための場を作った、そんな意図だったのです。

“Maybe I could have chosen to perform in front of fans, who already love my performance and love me,” he muses. “However, I chose Lollapalooza because I wanted to test my limits. I wanted to stage and perform my music in front of people who love music, even if they’re not my fans. Even if the feedback is positive or negative, I really want the feedback — so I can grow.”

consequence.net

 

この「プロ」さ、貪欲さを崩さない姿勢は本当に尊敬しますが、私達が常に忘れてはならないのは、彼がこのアルバム『Jack In The Box』で表現してくれた様々な感情や多様な自我を、ホソクさんが同時に抱えているということではないでしょうか。

 

ああ本当に…この方をずっと応援していたいと思っています。

ここまでで1万5000字いってしまいそうです。

改めてホソクさん、初ソロアルバムのリリースおめでとうございます。

ずっとあなたのファンです(あれ?結びがラブレターになってしまった…)

 

※また、最後になり恐縮ですが、韓国語歌詞の翻訳は、しお様(Twitter @888s_i_o888)や、IAN様(Twitter @IAN7209)が作成されたものを参考にさせていただいております。本当にありがとうございます…!

なお歌詞の英語部分や、英語記事の翻訳は自分です。

引用したものについて詳細は、引用元をご覧ください。